古代中国
老子
無為自然
自己と感情の悩みを、老子はどう捉えるか
自信の欠如、怒りや焦り、心の平穏を取り戻す
強くあろうとするほど折れやすくなる。しなうものは折れない。
老子は、堅く強いものは死の側にあり、柔らかくしなうものは生の側にあると見ました。嵐で折れるのは太い枝で、しなう草は残ります。自分を強く保とうと力を込めているとき、その力み自体が、次に何かあったときに折れる形をつくっています。
今日できる、最初の一歩
今日「弱く見えるから言えていないこと」を一つ選び、いちばん近い相手にだけ、飾らずに言ってみる。
この悩みを 老子 に相談する
下の文はそのまま送れます。自分の言葉に書き換えても構いません。
無為とは — 放置と力みの、ちょうど中間
何もしないことでも、すべてを押し通すことでもない。流れに逆らわずに動くとき、力は最も少なくて済む。
投げやり
不足無為力み・作為
過剰
不足無為力み・作為
過剰
卑下
不足柔弱謙下剛強
過剰
不足柔弱謙下剛強
過剰
自分に当てると、どうせ自分はと降りてしまうのが「卑下」、弱さを一切見せまいと構えるのが「剛強」。柔弱謙下は、低い位置に立ったまま折れないことです。
この悩みのときに、効く言葉
上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず。
— 道徳経 第8章
この見方が、効きにくいとき
自分を責める声が強く、まず心を静める必要がある段階なら、執着から手を離す教えのほうが休息になります。
ブッダの見方を読む自己と感情の、他の視点
同じ悩みでも、立つ位置が変われば処方は変わります。