古代中国
老子
無為自然
将来と選択の悩みを、老子はどう捉えるか
先行きの見えない不安、人生の岐路、正解のない問い
先が読めないことより、読み切ろうとする力みのほうが不安を太らせている。
老子の道は、あらかじめ全体を設計して従わせるものではなく、進むにつれて形が見えてくるものでした。だから彼は、まだ来ていない分岐まで先回りして正解を決めることを求めません。川がどこで曲がるかは、その手前まで行けば分かるからです。
今日できる、最初の一歩
いま抱えている将来の問いを「もう決められること」と「その時が来ないと決まらないこと」に分け、後者は今日の検討から外す。
この悩みを 老子 に相談する
下の文はそのまま送れます。自分の言葉に書き換えても構いません。
無為とは — 放置と力みの、ちょうど中間
何もしないことでも、すべてを押し通すことでもない。流れに逆らわずに動くとき、力は最も少なくて済む。
投げやり
不足無為力み・作為
過剰
不足無為力み・作為
過剰
卑下
不足柔弱謙下剛強
過剰
不足柔弱謙下剛強
過剰
将来に当てると、考えるのをやめて流されるのが「投げやり」、まだ来ない分岐まで決め切ろうとするのが「力み」。無為は、次の一歩だけを確かにして進むことです。
この悩みのときに、効く言葉
天下の至柔は、天下の至堅を馳騁す。
— 道徳経 第43章
この見方が、効きにくいとき
時間が有限であることを見据えて自分の選択を取り戻したい段階なら、有限性から考える思想のほうが芯に届きます。
ハイデガーの見方を読む将来と選択の、他の視点
同じ悩みでも、立つ位置が変われば処方は変わります。