古代中国
孔子
仁(思いやり)
自己と感情の悩みを、孔子はどう捉えるか
自信の欠如、怒りや焦り、心の平穏を取り戻す
本当の過ちは間違えたことではなく、間違いを認めないままにすること。
孔子は「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」と言いました。間違えること自体は誰にでもあり、責める対象ではありません。責められるべきは、認めないまま先へ進むことのほうです。自分を責め続ける人はしばしば、この二つを混同して、直せる部分まで人格の問題にしてしまいます。
今日できる、最初の一歩
最近悔やんでいることを一つ選び、「直せる部分」と「もう変えられない部分」に線を引いて、直せる側だけを一つ実行する。
この悩みを 孔子 に相談する
下の文はそのまま送れます。自分の言葉に書き換えても構いません。
仁とは — 冷たさと馴れ合いの、あいだにある思いやり
踏み込まなすぎれば相手は他人のままで、踏み込みすぎれば相手の領分を奪う。ちょうどよい距離をふるまいの形にしたものが「礼」。
無関心
不足仁(思いやり)お節介
過剰
不足仁(思いやり)お節介
過剰
無作法
不足礼(ふるまいの形)形式主義
過剰
不足礼(ふるまいの形)形式主義
過剰
自分に当てると、間違いを見ないふりをするのが「無関心」、直せない過去まで責め続けるのが「お節介」——自分に対する。仁は、自分にも相手にも同じ誠実さを向けることです。
この悩みのときに、効く言葉
これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。
— 論語 雍也第六
この見方が、効きにくいとき
自分を責める声があまりに強く、線を引く余力すら残っていないときは、まず握りしめている手を緩める教えのほうが休息になります。
ブッダの見方を読む自己と感情の、他の視点
同じ悩みでも、立つ位置が変われば処方は変わります。