自己と感情の悩みを、孔子はどう捉えるか
自信の欠如、怒りや焦り、心の平穏を取り戻す
読了 約1分出典つき
THE WORDS
これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。
── 論語 雍也第六この悩みのときに、効く言葉
THE READING
本当の過ちは間違えたことではなく、間違いを認めないままにすること。
孔子は「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」と言いました。間違えること自体は誰にでもあり、責める対象ではありません。責められるべきは、認めないまま先へ進むことのほうです。自分を責め続ける人はしばしば、この二つを混同して、直せる部分まで人格の問題にしてしまいます。
今日できる、最初の一歩
最近悔やんでいることを一つ選び、「直せる部分」と「もう変えられない部分」に線を引いて、直せる側だけを一つ実行する。
THE MEASURE
仁とは — 冷たさと馴れ合いの、あいだにある思いやり
踏み込まなすぎれば相手は他人のままで、踏み込みすぎれば相手の領分を奪う。ちょうどよい距離をふるまいの形にしたものが「礼」。
無関心不足仁(思いやり)お節介過剰
無作法不足礼(ふるまいの形)形式主義過剰
自分に当てると、間違いを見ないふりをするのが「無関心」、直せない過去まで責め続けるのが「お節介」——自分に対する。仁は、自分にも相手にも同じ誠実さを向けることです。
この見方が、効きにくいとき
自分を責める声があまりに強く、線を引く余力すら残っていないときは、まず握りしめている手を緩める教えのほうが休息になります。
ブッダの見方を読む自己と感情の、他の視点
立つ位置が変われば処方は変わりますあなたはどちら側に立っていますか
どの読み方が、いまのあなたに近いですか?
アリストテレス自信は性格ではなく、積み上がった行為の記録。ブッダ感情は自分そのものではなく、通り過ぎていく天気。イマヌエル・カント自分の軸とは、感情でも他人の目でもなく、自分で認めた規則。デカルト感情に飲まれているのではなく、事実と解釈が混ざっている。ニーチェその劣等感は、まだ使われていない力の置き場所。ハイデガー「自分がない」のではなく、世間の声に埋もれているだけ。アルベール・カミュ自分を肯定できなくても、今日を誠実に生きることはできる。マルクス・アウレリウス心が乱れているのは出来事のせいではなく、足した判断のせい。エピクテトス変えられないものへの努力をやめると、力が戻ってくる。老子強くあろうとするほど折れやすくなる。しなうものは折れない。
読み物で、もう少し深く
この悩みを 孔子 に相談する
下の文はそのまま送れます。自分の言葉に書き換えても構いません。
原典にあたる
孔子を読む論語 (岩波文庫)※ Amazonアソシエイトのリンクを含みます(広告)。