近代ドイツ
ハイデガー
存在・死への存在
自己と感情の悩みを、ハイデガーはどう捉えるか
自信の欠如、怒りや焦り、心の平穏を取り戻す
「自分がない」のではなく、世間の声に埋もれているだけ。
ハイデガーは、人が日常で「世間(ひと)」の声に埋没する状態を頽落と呼びました。何が好きか分からないという感覚は、感受性の欠如ではなく、他人の基準が上書きされ続けた結果です。有限な時間を自覚したときにだけ、その上書きを剥がす動機が生まれます。
今日できる、最初の一歩
今日した選択を 3 つ挙げ、それぞれ「自分が選んだ」か「そういうものだから選んだ」かを判定する。
この悩みを ハイデガー に相談する
下の文はそのまま送れます。自分の言葉に書き換えても構いません。
本来性とは — 頽落と逃避の、あいだの存在
世間の噂話に埋没するのでも、死から目を背けるのでもなく、有限な時間を自覚し、自分だけの生を引き受けること。
世間への頽落(非本来性)
不足本来的な存在死への不安からの逃避
過剰
不足本来的な存在死への不安からの逃避
過剰
自分らしさに当てると、世間の「普通」で自分を採点するのが「頽落」、そもそも考えないようにするのが「逃避」。本来性はその中間にあります。
この悩みのときに、効く言葉
言葉は存在の家である。
— ヒューマニズムについて
この見方が、効きにくいとき
問い直すほど虚しさが増すなら、意味のなさを認めたうえで生き抜く側の思想のほうが、いまは支えになります。
アルベール・カミュの見方を読む自己と感情の、他の視点
同じ悩みでも、立つ位置が変われば処方は変わります。