近代フランス
デカルト
我思う、ゆえに我あり
自己と感情の悩みを、デカルトはどう捉えるか
自信の欠如、怒りや焦り、心の平穏を取り戻す
感情に飲まれているのではなく、事実と解釈が混ざっている。
デカルトは、確実に言えることだけを土台に据える方法を採りました。落ち込みが強いとき、頭の中では「起きた出来事」と「それについての解釈」が一続きの事実として扱われています。この二つを分けるだけで、自己否定の多くが、根拠のない上乗せだったと分かります。
今日できる、最初の一歩
落ち込んだ出来事を一つ選び、左に事実、右に自分の解釈を書き分け、右側の根拠を一つずつ確かめる。
この悩みを デカルト に相談する
下の文はそのまま送れます。自分の言葉に書き換えても構いません。
方法的懐疑とは — 盲信と不信の、あいだの確実性
何でも鵜呑みにするのでも、すべてを疑って何も信じないのでもなく、疑いうるものを一度削ぎ落とし、確実な土台だけを積み上げる。
盲信
不足方法的懐疑全否定の懐疑
過剰
不足方法的懐疑全否定の懐疑
過剰
自己否定に当てると、浮かんだ評価を事実として飲むのが「盲信」、自分の感覚まで信じられないのが「全否定」。確かめられることだけ残すのが中間です。
この悩みのときに、効く言葉
良識はこの世で最も公平に配分されている。
— 方法序説
この見方が、効きにくいとき
分析が反芻に変わってしまうタイプなら、書き出すより、いまなすべき務めに注意を戻す実践が向いています。
マルクス・アウレリウスの見方を読む自己と感情の、他の視点
同じ悩みでも、立つ位置が変われば処方は変わります。