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孔子のアバター
古代中国
孔子
仁(思いやり)

生きる意味の悩みを、孔子はどう捉えるか

無気力、虚無感、自分だけの価値観を見つける

意味は遠くの答えではなく、何を続けてきたかのほうに残る。

孔子は「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」と言いました。知識でも義務でもなく、続けているうちにそれ自体が楽しくなるところまで行った人が最も遠くまで行く、という順序です。彼は用いられないまま弟子を教え、古典を整えることを最後まで続けました。

今日できる、最初の一歩

この一年で「やらなくてもよかったのに続けたこと」を一つ書き出し、来週その時間を15分だけ増やす。

この悩みを 孔子 に相談する

下の文はそのまま送れます。自分の言葉に書き換えても構いません。

仁とは — 冷たさと馴れ合いの、あいだにある思いやり

踏み込まなすぎれば相手は他人のままで、踏み込みすぎれば相手の領分を奪う。ちょうどよい距離をふるまいの形にしたものが「礼」。

無関心
不足
仁(思いやり)お節介
過剰
無作法
不足
礼(ふるまいの形)形式主義
過剰

意味に当てると、何にも身を入れないのが「無関心」、意味のあるふりを演じ続けるのが「形式主義」。仁と礼は、続けられるものに正直に時間を渡すことです。

この悩みのときに、効く言葉

己の欲せざる所は、人に施すこと勿かれ。
論語 衛霊公第十五

この見方が、効きにくいとき

続けてきたもの自体が見当たらず、まず「意味などない」という前提そのものと向き合いたい段階なら、不条理から出発する思想のほうが噛み合います。

アルベール・カミュの見方を読む

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