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PRESCRIPTION No.022PHILOSOPHER'S WORDS

言葉は存在の家である。

ハイデガー/ヒューマニズムについて/現代ドイツ

一言でいうと

言葉は考えを伝える道具である以前に、ものごとが姿を現す場所そのものだ、という見方。語彙が変われば、見えるものも変わる。

くわしい解説

後期ハイデガーの中心にある比喩です。家は住むための場所であり、そこで初めて生活が形をとります。同じように、存在するものは言葉のうちに住まうことで初めて私たちに立ち現れる——彼はそう考えました。言葉は後から貼るラベルではありません。

この見方に立つと、語彙の乏しさは表現の問題ではなく経験の問題になります。「なんとなくつらい」としか言えないとき、つらさは輪郭を持たないまま漠然と居座ります。「これは疲労ではなく徒労感だ」と言えたとき、初めてそれは扱える形を得ます。

同じ論文でハイデガーは、私たちが言葉を支配しているのではなく、むしろ言葉のほうが私たちを規定していると述べます。だから彼は詩の言葉を重視しました。日常語が擦り切れて何も現さなくなった場所で、詩は新しく現れさせる力を持つと考えたからです。使い古された言い方を避けるだけでも、見えてくるものは変わります。

どんな悩みに効くか

気持ちを説明できずに苦しいときに。上手に言おうとしなくて構いません。「重い」「狭い」「置いていかれた感じ」——比喩でもいいので二、三語を並べてください。輪郭が出た瞬間から、それは相談できる対象になります。