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PRESCRIPTION No.021PHILOSOPHER'S WORDS

死へと向かう存在であることを認めよ。

ハイデガー/存在と時間/現代ドイツ
この一節は『存在と時間』から。原典で読む(存在と時間 (ちくま学芸文庫))

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一言でいうと

人は終わりがあることを普段は忘れて生きている。その事実を自分のこととして引き受けたとき、初めて借り物でない生き方が可能になる、という主張。

くわしい解説

ハイデガーは、人間(現存在)が日常では「ひと」——世間一般の匿名の主体——として生きていると分析しました。何を着るか、何を目指すかを「みんながそうするから」で決めている状態です。この状態を彼は非本来的と呼びますが、劣っているという価値判断ではなく、通常の在り方だと述べます。

そこに切れ目を入れるのが死です。ただしハイデガーが問題にするのは、統計としての死亡や他人の死ではありません。「人はいつか死ぬ」と言うとき、死は一般的な出来事に変わり、自分から遠ざけられます。彼が要求するのは、代理不可能な自分自身の終わりとして死に向き合うことです。

この直面が持つ効果は、時間の性格が変わることです。無限にあるように扱っていた時間が有限なものとして立ち現れると、何を先送りしているかが見えてくる。ハイデガーはここから、自分固有の可能性を選び取る「先駆的決意性」という在り方を描き出しました。

どんな悩みに効くか

「いつかやろう」が何年も動かないときに効きます。急かすためではありません。残り時間を意識すると、先送りしていた項目のうち本当は諦めていたものと、まだ本気のものが分かれます。分かれたら、後者に今週の一時間を割り当ててください。