PHILOSOPHER'S WORDS
人生には意味がないからこそ、かえってよりよく生きることができる。
— アルベール・カミュ/シーシュポスの神話
一言でいうと
あらかじめ決められた目的がないなら、正解に到達できなかったという失敗もない。意味の不在を欠落ではなく余白として読み替える発想。
くわしい解説
『シーシュポスの神話』は、岩を山頂へ運び上げては転がり落ちるのを永遠に繰り返す罰を受けた男の話から始まります。カミュはこの徒労を人生の比喩として使いますが、結論は絶望ではありません。最後に彼は「シーシュポスは幸福であると考えねばならない」と書きます。
鍵は、意味がないことと価値がないことを切り離した点にあります。目的地が定まっていないなら、道中の一つ一つは目的への手段ではなくなり、それ自体として経験される。岩を押す感触も、山を下りる時間も、目的に還元されない分だけ濃くなる、という読み替えです。
この立場は、意味を否定するニヒリズムとは異なります。ニヒリズムは意味がないから何をしても同じだと結論しますが、カミュは意味がないからこそ何を選ぶかが自分の手に残ると考えました。彼が生涯こだわったのは、この一線を踏み越えないことでした。
どんな悩みに効くか
「こんなことをして何になるのか」が頭を占めるときに。答えを出そうとせず、今日の中で目的抜きに続けられていることを一つ探してください。散歩でも料理でも構いません。意味を要求しないまま続いているものは、あなたにとって既に価値がある証拠です。
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