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PHILOSOPHY GLOSSARY

不条理ふじょうり ・ The Absurd

別の言い方: アブサード / 不条理の哲学

意味を求めずにいられない人間と、意味を与えてくれない世界とのあいだのズレをカミュは「不条理」と呼びました。絶望でも都合のよい意味づけでもなく、ズレを直視したまま生きる「反抗」を説きます。

くわしい解説

カミュの言う不条理(アブサード)は、世界が単に理不尽だという嘆きではありません。人間は意味や理由を求めずにいられないのに、世界はそれに答えてくれない——この「問いと沈黙の対面」こそが不条理です。『シーシュポスの神話』は、この状況を、岩を山頂へ押し上げ続ける神話の王に重ねました。

カミュは、不条理からの逃げ道を2つ退けます。1つは絶望(生きることをやめる)、もう1つは飛躍(都合のよい意味づけにすがる)。彼が選ぶのは第3の道、つまりズレを直視したまま、それでも生きることを続ける「反抗」です。反抗といっても肩肘を張った戦いではなく、「それでも今日を生きる」という静かな継続のことです。

「山頂に向かう闘いそのものが、人の心を満たすのに十分である。幸福なシーシュポスを思い描かねばならない」——意味の保証がなくても、いまこの瞬間の生の手応えは奪われない、というのが結論部の有名な一節です。

日常の悩みに引きつけると

「頑張っても報われない」「何のために働いているのか分からない」——その感覚は、あなたが壊れているサインではなく、意味を求める力がある証拠だとカミュなら言うでしょう。大きな意味の代わりに、今日の仕事のなかの小さな手応えを1つ数える。それが不条理のなかの反抗の形です。

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