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PRESCRIPTION No.025PHILOSOPHER'S WORDS

実存は本質に先立つ。

ジャン=ポール・サルトル/実存主義とは何か/現代フランス
この一節は『実存主義とは何か』から。原典で読む(実存主義とは何か (人文書院))

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一言でいうと

人間には「こういうものだ」という設計図が最初からない。まず存在してしまい、その後の選択によって自分が何であるかが決まっていく、という順序の転倒。

くわしい解説

ペーパーナイフを例にサルトルは説明します。ナイフは職人が用途を決めてから作られるので、本質(何のためのものか)が存在に先立ちます。神が人間を設計したと考えるなら、人間も同じ構造になる。しかしサルトルはその前提を取りません。

設計図がないということは、生まれつきの役割も、あらかじめ定まった正解もないということです。臆病な人がいるのではなく、臆病に振る舞った人がいる。サルトルはこの言い換えを徹底し、性格や才能を言い訳の材料にすることを許しません。

だからこの言葉は自由の宣言であると同時に、責任の宣言でもあります。何にでもなれるということは、何になったかの責任が全部こちらに返ってくるということです。サルトルはこの重さを「不安」と呼び、そこから逃げる態度を「自己欺瞞」と名づけました。自由が快いだけのものではないことを、彼は最初から認めています。

どんな悩みに効くか

「自分はこういう性格だから無理」で止まっているときに。サルトルなら、それは事実の報告ではなく、これまでの選択の要約だと言います。性格を変える必要はありません。次の一場面での振る舞いを一つだけ選び直せるかを見てください。