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PHILOSOPHY GLOSSARY

実存は本質に先立つ

じつぞんはほんしつにさきだつExistence Precedes Essence

別の言い方:自由の刑

一言でいうと
決まった役割は先にない。選択と行動が「自分が何者か」をつくる。

人間には生まれる前から決まった役割や本性(本質)はなく、まず存在し、その後の選択と行動で「自分が何者か」を作っていく——というサルトル実存主義の中心テーゼです。

くわしい解説

ペーパーナイフは「切るためのもの」という本質が先にあって作られます。サルトルは講演『実存主義とはヒューマニズムである』で、人間はその逆だと論じました。人間はまず世界に現れ(実存)、後から自分の選択によって自分の中身(本質)を作っていく。「人間は、自らが作るところのもの以外の何ものでもない」のです。

この考えの帰結は、自由と責任の重さです。「性格だから」「環境のせいで」という説明は、サルトルにとっては自由から目を逸らす自己欺瞞(まやかしの信念)になりえます。決められた本性が無い以上、いまの自分は過去の選択の集積であり、次の選択でまだ変わりうるのです。未来の自分は履歴書に書ける過去からではなく、これからの選択から作られます。

彼はこの自由を「人間は自由の刑に処せられている」とも表現しました。重い言葉ですが、裏返せば「手遅れの人生は無い」という宣言でもあります。

日常の悩みに引きつけると

「私はこういう人間だから」が口癖になっていたら、それは本質を先に置く語り方です。サルトル流に言い換えるなら「私はこれまで、そう選んできた」。今日の小さな選択(誘いを受ける、意見を言う)を1つ変えることは、自分の定義を書き換える行為そのものです。