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PRESCRIPTION No.026PHILOSOPHER'S WORDS

人間は自由の刑に処せられている。

ジャン=ポール・サルトル/実存主義とは何か/現代フランス
この一節は『実存主義とは何か』から。原典で読む(実存主義とは何か (人文書院))

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一言でいうと

自由は勝ち取る権利ではなく、降りることのできない条件である。選ばないという選択すら選択になる以上、責任からは逃れられない。

くわしい解説

「刑」という強い語が選ばれているのは、この自由が喜ばしいだけのものではないからです。サルトルは、人間は自分を作ったわけではないのに、いったん世界に投げ出された以上、自分のすることすべてに責任を負う、と説明します。始まりは選べず、それ以降は選ぶしかない。

この構造から逃げる方法として、サルトルは「自己欺瞞」を分析しました。役割の後ろに隠れる、上司の指示だったと言う、性格のせいにする——いずれも自分が選んでいるという事実を自分から隠す操作です。カフェのボーイの有名な描写はこの分析の実例でした。

厳しい主張ですが、裏面には解放があります。今の状況が過去や環境によって完全に決まっているわけではないなら、まだ変えられる余地が残っているということでもある。サルトル自身は、この自由が他者の自由と衝突する場面をこそ倫理の出発点と見ました。

どんな悩みに効くか

「選ばされている」と感じる状況で使えます。選択肢が乏しいのは本当でしょう。それでも、その中でどう振る舞うかは残っています。決められないまま先延ばしにしていることが一つあるなら、先延ばしも選択の一つだと認めるところから始めてください。