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PRESCRIPTION No.020PHILOSOPHER'S WORDS

なぜ生きるのかを知っている者は、ほとんどどんな「いかに」とも折り合える。

ニーチェ/偶像の黄昏/近代ドイツ

一言でいうと

生きる理由(なぜ)を持っている人は、どんなにつらい状況(いかに)とも折り合っていける、という言葉。苦しさを減らすより、苦しさを引き受ける理由を見つけるほうが人を強くする、という発想である。

くわしい解説

この一句は『偶像の黄昏』冒頭の「箴言と矢」に収められた短い警句の一つです。原文では後半に「人間は幸福を求めて努力したりはしない。そうするのはイギリス人だけだ」という皮肉が続きます。ニーチェは、快や安楽を人生の目的とみなす当時の功利主義的な考え方を揶揄しているのです。

彼にとって人を支えるのは快適さではなく意味でした。「なぜ」さえあれば、「いかに」——つまり状況の過酷さや手段の乏しさ——はほとんど問題にならない。逆に言えば、どれほど恵まれた環境にいても、「なぜ」を失った人は小さな困難にも耐えられなくなります。

この言葉は、ナチスの強制収容所を生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルが『夜と霧』で引用したことで、さらに広く知られるようになりました。「どんな『いかに』にも耐えられる」という言い回しで覚えている人が多いのは、この引用(英訳)を経て広まったためです。フランクルは、未来に果たすべき仕事や待っている人を思い描けた人ほど、極限状況の中でも生きる力を保てたと書いています。

どんな悩みに効くか

仕事や生活がしんどくて、「何のためにこんなことをしているのか」と分からなくなったときに。状況をすぐ変えられないなら、先に「なぜ」を一つだけ言葉にしてみてください。立派な理由でなくて構いません。誰のため、何のためと言えたとき、同じ「いかに」でも重さが変わります。