自分の収入に劣等感を感じてしまう時:本当の豊かさを測り直す哲学
SNSや友人との比較で、自分の経済状況に劣等感を抱き、心が疲弊していませんか?外的な豊かさではなく、内なる価値に目を向け、本当の幸福を見出す哲学的な処方箋を提示します。
この悩みに向き合う
友人との会話で旅行や贅沢な食事の話題が出るたび、あるいはSNSでキラキラした投稿を目にするたび、自分の収入では到底できない生活だと感じ、心がざわつくことはありませんか?「自分だけ貧しいのではないか」「もっと稼がなければ」という焦燥感や劣等感が募り、本当の自分を見失いそうになることもあるでしょう。物質的な豊かさや他人の評価に囚われ、心の平和が脅かされているあなたへ、哲学が指し示す道があります。
コントロールできるものに集中する
「私たちにコントロールできるものと、できないものがある。」
ストア派の哲学者エピクテトスは、私たちにはコントロールできることとできないことがあると説きます。他人の経済状況やSNSでの振る舞いは、あなたの力の及ばない外部の事柄です。それらと比較して劣等感を抱くのは、コントロールできないものに心を乱されている状態。自分の内面の反応や価値観こそが、あなたが唯一コントロールできる領域であり、そこに意識を集中することで心の平静を取り戻せると示唆します。
執着から自由になる
「執着を捨てることで、苦しみから解放される。」
ブッダの教えは、苦しみは執着から生まれると説きます。SNSや友人の華やかな生活に対する劣等感は、物質的な豊かさや他人の評価に心が執着しているために生じる苦しみです。この執着を手放し、今ある自分の状況をありのままに受け入れることで、比較の苦しみから解放され、内なる満足と心の自由を得られるとブッダは示します。真の幸福は、どれだけ持っているかではなく、どれだけ執着を手放せるかにかかっているのです。
幸福に確かな中身は無いと知り、比較の物差しを手放す
「幸福は理性の理想ではなく、想像力の理想である。」
カントは、幸福を「理性の理想ではなく、想像力の理想」だと言いました。幸福の中身は人によって違い、同じ人でも時期によって変わるため、理性で一つに定めることができないからです。SNSに映る暮らしが幸福だという確信も、そこに届かない自分は不幸だという確信も、根拠を確かめた判断ではなく、想像が描いた像にすぎません。比較が成り立つのは、共通の物差しがあるときだけです。幸福にその物差しが無いのなら、他人の生活を自分の幸福の基準に据える理由も、はじめから無いことになります。
SNSや友人との比較による劣等感は、あなたの心の焦点が外部のコントロールできない事柄や、一時的な「想像力の理想」に囚われている証拠です。内なる自己に目を向け、物質への執着を手放し、幸福には誰にでも当てはまる物差しが無いと見極めることで、真の豊かさと心の平静を取り戻すことができるでしょう。
- 他人のSNS投稿や収入など、自分の力でどうにもならない外部の事柄に触れる時間を減らし、代わりに自分の行動や考え方など、コントロールできる内面の事柄に意識的に集中する練習を始めましょう。
- 友人やSNSの華やかな生活を見て生じる「もっと欲しい」「自分もそうなりたい」という感情が、どのような苦しみを生んでいるかを具体的に観察し、その執着を手放すための瞑想や内省の時間を設けてみましょう。
- 他人の暮らしを見て「うらやましい」と感じた場面をひとつ書き出し、そこで自分が羨んだのは相手の生活そのものだったのか、それとも自分の想像が描いた像のほうだったのかを分けてみましょう。
原典にあたる
エピクテトスを読む人生談義 (岩波文庫)※ Amazonアソシエイトのリンクを含みます(広告)。