熱中できる趣味が見つからない:「何をしても続かない」から抜け出す哲学
新しいことに挑戦するも、どれも長続きせず「自分は何をしても駄目だ」と無気力になっていませんか?熱中できない日々から抜け出し、続けられる何かを自分の手で育てるための哲学的な視点を提供します。
この悩みに向き合う
せっかく新しい趣味を始めても、数回で飽きてしまったり、そもそも何に興味があるのか分からなかったり。周りが熱中している姿を見ると、自分だけが置き去りにされているような焦りを感じ、ますます何も手につかなくなってはいませんか?「どうせ何をしても続かない」と、無気力感や虚無感に苛まれるその心に、哲学の光を当ててみましょう。
困難の先に「なぜ生きるか」を創造する
「なぜ生きるのかを知っている者は、ほとんどどんな「いかに」とも折り合える。」
ニーチェは、人生の困難や虚無感こそが、私たちに「なぜ生きるのか」という問いを突きつけ、そこから自分自身の価値観を創造する機会を与えると説きます。熱中できない現状は、単なる停滞ではなく、既存の価値観に縛られず、自らが新たな意味を見出すための出発点となり得ます。
自由な選択で「私」を定義する
「人間とは、自らがつくるもの以外の何ものでもない。」
サルトルは、人間は本質を持たずに生まれ、自らの選択と行動によって「何者か」になっていくと主張しました。熱中できるものが見つからない時、それはあなたがまだ自分自身を定義していない状態とも言えます。どんな小さな行動も、あなたの「本質」を形作る自由な選択であり、その積み重ねがあなただけの意味を創り出します。
迷いを断ち切り、一つの道を信じて進む
「森で道に迷った旅人は、あちこちさまよってはならない。一つの方向へ、できるだけまっすぐ歩き続けるべきだ。」
デカルトは『方法序説』で、迷ったときはあちこち方向を変えず、一度決めた方向へ断固として進むことを、自分の行動の決まりにしました。どの道が正しいか分からないまま立ち止まるより、まっすぐ歩けば少なくともどこかへは出られるからです。熱中できない、長続きしないと感じる時、それは多くを試そうとしすぎて迷いの中にいるのかもしれません。まずは「これだ」と思える一つのことに焦点を当て、深く掘り下げてみることで、その奥に隠された本当の興味や意味が見えてくるでしょう。
熱中できるものが見つからず、無気力に感じる時、それは「生きる意味」を探求するチャンスです。ニーチェの言う「なぜ生きるか」を自ら創造し、サルトルのように自由な選択で自分を定義し、デカルトの教えに従い一つの道を深掘りすることで、あなただけの価値観と情熱が芽生えるでしょう。
- この 1 週間で「この時間は嫌ではなかった」と感じた場面を 3 つ書き出し、そこに共通する「なぜそれをしていたのか」を一言にしてみましょう。それが、あなたが自分で選び取る「なぜ」の手がかりになります。
- どんなに小さなことでも、今日「これを選んでみた」という自覚的な行動を一つ起こし、それが自分を形作る一歩だと意識してみましょう。
- 興味が湧いたことの中から、まずは「これなら続けられそう」と思える一つを選び、他の選択肢に目を向けず、しばらくはそれに集中して取り組んでみましょう。
原典にあたる
ニーチェを読むツァラトゥストラはかく語りき (岩波文庫)※ Amazonアソシエイトのリンクを含みます(広告)。